'14.4.13~14 サンティアゴへ  nach Santiago de Compostela

成田を出たのが13日午後10時。イスタンブール到着が現地時間の午前4時30分。
12時間30分のフライト
だった。そして、ここで乗り換えのために待つこと4時
間。8時40分にイスタンブールを出た飛行機は
ビルバオで途中着陸して午後2時
40分、最終目的地サンティアゴデコンポステラに着いた。時差が1時間
あるの
でフライト時間は7時間。日本時間は14日の午後9時だと思うので、ほぼ1日か
けてやってきたこ
とになる。しかし、フライトはスムーズ、現地の天候も良く、
疲れはしたがまずは順調な滑り出しと
思ったのだが・・・ 
 サンティアゴ空港で荷物の到着を待っていると女性係員がやってきて「ミスタ
ー中尾か?」と問う。
自転車を預けたので呼び出しかと「イエス」と答えると、
「実は荷物がひとつ到着していない」と
言う。初めての経験に焦り、係員に誘
導されて行くと、到着していたのは自転車で、衣類や工具、
部品などが入った
バッグが届いていないことが分かった。

さて、押し問答が始まった。が、無い
ものはない。で、恐らく明日の午後1時半の便で到着するだろ
うと言う。私は先
を急ぎたい。が、万一パンクをした時に部品がないのは困る。で、サンティアゴ

2泊することにした。聖地をしっかり見て行けとの仰せだろうと・・・。 
 で、ホテルで自転車を組立て(全く問題なかった)、街を散策しようと出かけ
た。カテドラルを見物
し。狭い路地をそぞろ歩いていた時、時計を見ると午後7
時。まだ明るい、で、ふとある考えが頭を
よぎった。問題が起こるとすればパ
ンクだろう。その際には、替えのチューブと交換のための工具
があればいい。
それさえ入手できれば、明日、予定通り次の目的地Vilboa(ヴィルボア)へ迎え
るの
ではないか!
日が暮れるのは午後9時過ぎだから、時間はたっぷりあるはずだ。

 たまたま通りかかった警察官が「それならコルトイングレス(有名
デパート)へ行け」と言って、地図
にマーキングしてくれた。そこ
を目指して歩くこと約20分。目指すものは見つかった。で、明日の
 朝食(なんと、9時からだという!)後、目的地へ向かって発つこ
とに決めた。思わぬてんやわんや
に振り回された現地到着ではあっ
たが、これで厄払いができると信じよう。

旅、と言っても飛んでい
ただけだが、日本トルコ友好協会の会長さんと隣り合わせ、ビルバ
オ文化
計画の責任者と隣り合わせ、楽しい、有益な会話ができたこ
とも付記しておこう。あらいぐまは転
んでもタダでは起きないのだ!

デパートでの買い物で疲れたので、帰路はタクシーに乗った。運転
手にサンチアゴの名物は?と聞く
とトルティージャエスパニョール
だという、確か、スペイン風オムレツではないかと想像したが、

「この店がいい」と推薦までしてくれたので、行ってみた、トルテ
ィージャ3切れに餃子のようなも
の1個、殻付ピーナッツ15粒とワ
イン1杯でなんと3ユーロだったことを最後に付記しておこう。
 

※ビルバオ到着の寸前、雪のピレネー山脈がDSCN0745.jpg見えた。  
※サンチアゴのカテドラル。一部工事中が残念。
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※タクシードライバー推薦の店MARTE(マルテ)
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※これにトルティージャ2個を追加して3ユーロ!
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'14.4.15 ヴィラボアへ nach Vilaboa

サンティアゴに2泊するか?予定通りに次の目的地ヴィラボアへ向けて出発するか?迷った末に
後者を選択した。決め手は天気予報だった。
午前9時、朝食。向かいにはスペイン語だけを話す老女が座った。しかし、当然ながら会話が進む
訳ではない。しかし彼女はいろいろと気を遣ってくれ、コーヒーを勧め、もっとパンを食べろと
強引にパンを皿に盛り、最後はフルーツを3つも持たせてくれた。これだけは嬉しかった。

そんな朝食を済ませ、9:45出発。早朝、散歩がてら今日のルートを調べておいたので、スムーズに
国道550号線に入った。このエリア、信号での交差点はは少なく、ほとんどはランナバウトだ。
これにもすぐに慣れ、順調に進む。気になったのは雨だ。予報では好天とあったのに、曇天。そし
てオツリポツリとくることも。で、GSに飛び込み、「レインコートはないか」と尋ねると、「次の
大きな町ならあるだろう」との答え。そしてその町に近づいた時に発見したのが「スーパーチノ」
という名の、いわば100円ショップだった。大概の商品は1ユーロだという。ここでポンチョを
求め、少し安心して進む。と、皮肉なことに晴れ間が見え始め、暑くなってきた。

一難去って、また一難
12時。スーパーを発見。冷たいドリンクとパイの昼食。気温は暑いくらいだが、休んだ勢いで
出発。快調に飛ばしていたところで異変が起きた。チェーンが外れるような音がしたと思ったら
カチッと切れた。ペダルは空回り。自転車を止め、ぶら下がり状態のチェーンを見て、今回の旅は
呪われているのか(大げさだね~)と思った。実はチェーン修理の部品も工具も持っているのだが、
遅れてくる荷物の中なのだ!
が、捨てる神あれば、拾ってくれる神あり。丁度、スーパーの配達車のような車が通りかかり、
運転手に事情を話すと、次の大きな町まで連れて行ってくれると言う(いや、そう言ったと思う)。
ありがたく車中の人となり、ポンテヴェドラという大きな町へ。しかし、運転手はKAWASAKIの看板
のある店の前で私を降ろして行ってしまった。「ここはバイク屋だよ」というと「チェーンは同じ
ようなものだから大丈夫!」と言ったと思う。そりゃないだろう!
そこで、自転車専門店を知っているのは若い自転車に乗っている人と決め、そんな若者に訊くこ
とにしたが、これが図星!身長が185センチはありそうな高校生が(私より下手な)英語で「知っ
ているよ。案内してあげる」と、迷いつつも、プロショップに連れてきてくれたのだ。が、只今
食事の真っ最中。再開店は午後5時ということで、2時間以上も待つ羽目になった。しかし、好奇心
旺盛な高校生は、昼飯に行くと言って去ったが、また戻ってきてくれて、にわか日本語教室を
開講する羽目になった。
その間、プロショップにはたくさんの自転車野郎がやってきた。マウンテンの男性は私の状況を
気の毒に思ったのか、修理後、私の行くべきルートを案内してくれるという。
5時ちょうど、店主と作業員が戻ってきた。点検は私の自転車が一番目だ。いかにもプロという
印象の作業員は、私のチェーンを取り付け、フフーーンと鼻歌交じりに部品棚から交感チェーン
を取り出し、見事な手際で交換し、オイルをくれ、タイヤの空気圧を調整してくれた。要した時
間はわずか3分!さすがだった。そして、費用は3ユーロ!感動ものの修理だった。
そして、待つことしばし。案内してくれる男性の修理終了を待ってスタート。走りながら話すと
彼はバカンスでこの町にあるセカンドハウスに来ているスイス人だった。

こんな事件と出会いを繰り返し、午後6時過ぎ、ホテルに着くと、行方不明のバッグは既に着い
ていた。これで全てが揃った。明日からは本格的に走ろう。

と、ここまで書いて、夕食に出た。そして帰るとwifiが繋がらなくなっていた。フロントの係員
も帰ったあとで、どうしようもない。きっと、電源を落としてしまったのだ。そのおかげで、
ブログ更新も、メールチェックも、翌日のホテル探しもできず、大変困った状態になってしまっ
た。少なくとも日本で私の安否を気遣ってくれる人には無事を報告したいのだが、それも出来ない。
これは私も苦しかった。
そしてやっとwifiを利用できたのは今日(16日)午後3時ころ、フェリーを待つまでの間に寄った
レストランでだった。さて、そんな16日の様子はブログの次ページに書こう。
※もとは修道院だったというホテルは清潔でよかった。
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※ポルトガル方面からの巡礼とよく出会った。
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※私もサンチアゴで求めた貝殻を付けて走った。安全のお守りのつもり。
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※スペイン版100円ショップというべきスーパーチノ。大型店だった。
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※湖に面したホテルはとても気持ち良いホテルだった、唯一、wifiが・・・。
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'14.4.16 ポルトガル入り In Portugal angekommen

WiFi。こんな便利なものがなければ、しばし連絡が取れない状態も気にならなかったのだが、
取れて当たり前の昨今、とても気になるし、事実、ネット予約や天気予報の確認などができず
困ってしまう。私もそんな状況に陥り、やっとネット環境に戻れたのは、16日の午後2時過ぎ
だった。偶然入ったレストランで復活したのだが、安堵した。

そのレストランはポルトガルへ渡るフェリー乗り場の近くにあった。今日はまず、そこへ到着
するまでの走りを書かねばなるまい。

午前6時、起床。外はまだ暗い。7時半、荷物をまとめ、自転車にくくりつけ、ホテルをでる。
キーはフロントに置き、非常口から出る。安い宿では出発はこんなものだ。昨晩、夕食をとった
レストランへ行き、3ユーロのセットを頼む。目の前で引いてくれるオレンジジュースは美味か
った!これにコーヒーとパンというセットだ。食べ終えて8時、出発。今日のルートも国道550
号線。走り始めて15分。湖が墨絵のように見え、綺麗だった。
※こんな景色にであった。
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途中から552号線に入り、VIGOという町に向かう。基本的には一直線なのだが、大都市を
通過するのはいつものことながら難しい。何人かに道を訊き、やっと進むべき方向の町の名前を
発見したときはホッとした。そして、このルートは会う人全てが「素晴らしい!」と言うのが
納得できる素晴らしい道だった。
VIGOを過ぎると道は県道(か?)PO552に変わる。狭くはなるが、相変わらず追い越す
車は大きく迂回してくれ、恐怖感はほとんどない。そして、BAIONAに着く。ここは有名な
避暑地のようで、早めのイースターを楽しむ人たちが楽しそうに、のんびりと好天を満喫して
いた。ヨットハーバーもあり、何隻かは帆を上げていた。
※道路端のSCの看板。日本進出はこの名前では無理だろう。
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そして、ここから「素晴らしい」ルートが始まった。道は1本道となり、右手眼下に大西洋、
左手は山を削り取った岩肌となる。しかも、海側にはかなり広い自転車道が設けられており
とても安全に走ることができる。しかも、この自転車道は岬の突端、つまりスペインのポルト
ガル寄り最先端にまで続いているのである。私は国内では時計回りに走る。それは左側通行の
場合ではそれが眼下に海を眺める方法だからだが、右側通行の場合は反時計回りになる。そし
てその究極の形をここに見た・・・そう思った。今回の旅を南下する旅にしたのにはそんな
理由もあったのだが、その夢が今、実現されている・・・大げさではなく、そう思った。
※やがて、家々の向こうに大西洋が見えてきた。
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※自転車道も整備され、安心して素晴らしい景色を楽しめる。
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※ガリシア地方の入り組んだ入江をリアスと言い、これがリアス式海岸の由来らしい。
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しかし、夢は醒める。自転車道は終わり、ルートはフェリーの出る町に出た。いよいよポルト
ガルだ!そう持った私を待っていたのはシエスタだった。この国の人々は長い昼食を絶対に譲
らない。昨日の自転車店も午後5時再開だった。そしてフェリーも午後4時半まで運航しない
のだ。やってきたフランス人らしき2組は結局フェリーを諦め、上流の橋を渡ることにしたよ
うだ(これはフランス語のまた聞きであるが、多分、正しいと思う)。

再開まで約2時間。私はカフェで時間をつぶすことにした。店主は私の自転車を道路反対側の
倉庫に入れてくれた。そこには立派なクルーザーが置いてあった。あるいはそれを見せたかっ
たのかも?そして、快哉を叫びたかったのはWiFiだった。教えられたパスワードいれると、
素晴らしい速度でネット接続ができたのだ。昨晩からの不通で困っていたことが全て解決した。
これから向かうポルトガルでの宿も確保できた。嬉しさのあまり、時間つぶしのはずが本格的
な食事に変わってしまったのは、英語が話せるからと父親に引っ張り出されたのだろう息子が
なにかと気を遣ってくれたことにも依る。勧められるままに、アイスクリームまで食べてしま
ったが、料金は12ユーロだった。
※食べた、食べた!
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4時15分にカフェを出て、フェリー乗り場へ戻る。船は既に着いており、乗船も始まっていた。
私もチケットを求めた。その額は、事典料金も含めたったの1ユーロだった。船は定刻に出発
し、15分の航海(と言っても、海ではなく、大河を渡る)の後、私はポルトガルに降り立った。
しかし、ここでもうひとつの事件が待っていた。
私が見ていた簡単な地図ではフェリー到着はVIANA DO CASTELOという町だった。が、着いたの
はCaminhaで、本来の目的地は25キロ先だったのだ。ホテルをキャンセルしここに泊まるか、
あるいは走りを強行するか?迷ったが後者を選び、私は全力で走った。カフェで食べ過ぎくら
い食べていたのが幸いだった。恰好の腹つぶしになる、そう言い聞かせて走った。そして午後
6時半、目指すホテルにチェックイン。シャワーを浴び、簡単な食事で済ませ、居眠りをしな
がらブログに向かっている。こうして3日目の旅は終わった。
※ホテルは街の中心部にあった。窓からはこんな下町の景色が見える。
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本日の走行距離 105.2キロ(合計走行距離 171.6キロ)

'14.4.17 ポートワインの街へ zur Heimat des Portweins

午前7時。目覚めると外は快晴。さあ今日も走るぞと荷物をまとめ、8:30出発。大通りや
駅を散策し、宿の主人が教えてくれた9時から開いているカフェへ。ここには定職はない
らしく、身振り手振りでコーヒーと生ハムを挟んだサンドイッチをゲット。3ユーロ。
※駅前には民族舞踊を踊る若者の像があった。
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さて、気力充実、走り出すといきなりアイフェル橋に出る。下を鉄道が、上を車や自転車が
走るようになっている。怖くて、狭い歩道を歩いていたが、自転車も車道をどんどん走るの
を見て、私も走った。怖い時間帯は短い方がいい!
※アイフェル橋、遠景は美しいが。。。。
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※車道は狭く、怖かった。
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そして、そのあたりからのどかな田園風景となった。大西洋から数キロ離れ、国道とは言い
ながら、その脇には、牧場、じゃがいも畑・・・北海道を思い出す。そして道ばたには生産
者直売所。私もそこに入り込み、リンゴ2個と大きくてまっかなトマト1個を購入。2ユー
ロもしなかった。手振りでトマトを洗って食べたいと言ったら、水道を指さしてくれた。私
のボデイランゲージもだいぶ上達した。トマトは皮が厚く堅かったが、素朴な味で美味かっ
た。先ほどのおばちゃんににっこりを送ると、彼女も「そうだろう」というような顔をした。
※のどかな風景をいくつか・・・ちなみに水平線の向こうは大西洋。
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この分ならポルトには早く着きそうだ・・・と思い始めた頃から、暑くなってきた。恐らく
25度は超えていただろう。寒い寒いと過ごしてきた身にこたえる暑さ。勢い、木陰での休息
が多くなって来た。その度、バッグの中のミカンやリンゴを食べる。私のカラダからはその
うち果物の香りがしてくるかも知れない。

そしてもう一つの問題が!まず交通量が増え、道路は自動車専用道の趣を示し始め、走って
いるのが怖くなってきた。しかし、私の盛っている地図には脇道は出てこない。今日の目的
地ポルトは大きな町だからきっと大きな書店もあるだろう。そこで詳しい地図を求めよう!
そんなことを考えながら走ったが、ある立体交差で自動車道(風)追随は止め、住宅街に降
りた。が、この道路には標識が全くない。どちらへ向かうべきなのか、全く分からない。が、
方角(これも推測だったのだが)だけを頼りに走っていたら、なんとその道は市の中心部へ
向かう道だった!まだ、見放されていない!

そしてたどり着いたポルトの街は、平坦部分がないと言ってよいほどの坂の街。足にしっか
りフィットする靴でないとつま先を痛めるようだ。老人にはつらいだろう・・・と余計な心
配をした。
予約したホテルは中心部にあって助かった。シャワーを浴び、街に出る。ぶらぶらと散策し、
本屋を探し出して、ポルトガルを3枚に分けた地図を発見して購入。まだ十分ではないが、
今のものよりはずっといい。明日からはこれを頼りに走る。
さて、夕食はポートワインでと決めていた。で、野外レストランでと洒落込んだのだが、ウ
エイターがビールを運んだきり、その後の注文を取りに来てくれない。諦めて、ホテル併設
のレストランに戻り(ここはホテルの隣なのだ。這ってでも帰れる!)、いざ、ポートワイ
ンと鶏肉の焼いたものポテトとライス付き)の夕食開始。これが美味かった!ワインはデカ
ンタで出てきてグラス3杯はあった。すっかり出来上がり、ホテルへ戻るとバタンキュ!
一眠りして起き出し、今、書いている。大都市周辺に要注意!これを再認識させられた一日
だった。
※坂道だけのポルト市街。
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※駅のアズレージョが美しいと読んだので見てきた。
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※野外で夕食と洒落てみたのだが・・・
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※ドン・ルイス一世橋。明日はこれを渡る。
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本日の走行距離 69.4キロ 合計走行距離 241キロ

※番外編・シャワーにも椅子が必要だと、今回、レジャー用の簡易椅子を持参したのだが、
どこのホテルにも椅子が常備されているではないか!まっ、使用しないほうが持ち運ぶ身に
は助かるが・・・。
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'14.4.18 アヴェイロへ nach Aveiro

自転車にとって大都市へ入るのも、出るのも、難儀である。昨日もほとんど自動車専用道の
ような一般道を走らされた。では、出ることになる今日はどうなるのか?不安を抱えながら
8:40出発。駅前のカフェで軽い朝食をとり、地図を再確認して9:00、今度は本当の出発。ま
ずはドン・ルイス一世橋を渡ってドウロ川の対岸へ行かなければならない。昨日のアイフェ
ル橋は怖かったが、この橋は幅も広く怖さは感じない。ただし、地下鉄が市電のようにここ
を走る。私も対向車から注意され、地下鉄を避けたが、こんな共存も珍しい。
※ドン・ルイス一世橋。路面は鉄板でできており、雨天は走行注意だ。
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※眼下に、ポートワインを運んでいたとされる船が停泊中。現在は観光専用だ。
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※町には4月25日の革命40周年を祝う言葉が。私はどこでその日を迎えるだろう?
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さて、ヨーロッパの町では、その町を出る寸前まで次の町などの表示看板が出ないのが普通
である。私も橋を渡ってしばらくはひたすら直進し、標識を待った。しかし、待機の限界が
ある。「イスピーニョ(espinho。最終目的地アヴェイロ(aveiro)手前の大きな町)はこの
方向で良いですか?」と聴くと、最初の一人は「真っ直ぐだよ」と答えてくれたが、2人目
は「この先は自動車専用だから。こちらから行け」と右方向を指す。困ったなと思いながら
も「右方向というのは海沿いということだ。大丈夫だろう」と気を取り直してハンドルを切
る。

が、である。道路は住宅街のなかを走り、一向にアヴェイロの名前が出てきそうにない。雨
模様になったのでウインドブレーカを出して着ようとしていた時、向こうから赤いジャージ
のサイクリストがやってくるではないか!「おーい」と呼ぶと、彼は珍しそうに近寄り「オ
ラ!」を握手を求めてきた。自転車野郎としての共感があったのだろう。「アヴェイロに行
きたいんだが・・」と言うと「俺も3,4年前に行ったよ。途中は分かりにくいから案内し
てあげよう」と言って、やって来た方向へハンドルを切るではないか!私はありがたく好意
に甘んずることにし、彼の後を追っての走りが始まった。
※陽気なジョルジュさんには本当に助けられた。
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彼は、私一人では絶対に選ばないような道をどんどん進み「あれが私の家だよ」と高層住宅
を指さし、楽しそうにどんどん走る。やがて、海際の道に出たので「ここからは海沿いを行
け」などとなるのではないかと予想したが、彼の脚は止まらない。「イスピーニョの先まで
行こう」と言ってくれるのだ。そして一緒に走ること約2時間。あと30キロほどの地点でよ
うやく彼は引き返して行った。雨がしとしとと降る中、本当にありがたい案内だった。アド
レスを教えてもらったので、一緒に撮った写真を添えて「ありがとう」メールを送ろう。

その後は順調に走り、午後3時過ぎ、アヴェイロ到着。すぐにホテルにチェックインし、市
内観光に出かけた。思えば、前回までは走ることばかり考え、観光は疎かになっていた。市
内観光にでるなんて、本当に久しぶりだ。
この町では市内を運河が縦横に走っている。そしてモリセーロと呼ばれる船が農業用肥料に
なる海藻を運搬していたらしい。今、当時の面影はないが、船は観光客を乗せて走り回り、
昔ながらの塩田はまだ操業を続けているという。歴史地区のカテドラルや旧駅舎のアルレー
ジョは見事なものだった。
※カラフルなモリセイロ。
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※旧駅舎の壁面アズレージョ。
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※カテドラル内部のアズレージョ。
DSCN1074.jpg


私としてはゆったりした時間を過ごし、今、PCに向かっている。夕方から天候は回復して
きたが、明日は日中は雨の予報である。気が重いが、昨年や一昨年は雨と寒さに悩まされた
日々だった。頑張って走ろう!

本日の走行距離 71.7キロ 合計走行距離 312.7キロ
プロフィール

中尾 堯

Author:中尾 堯
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