「奥の細道うどん」求めて60キロ!

中尾と松尾。字面が似ているので私は、川柳と戯れる時には「中尾芭蕉」を
名乗っている。しかし、これ、芭蕉の承認をエた訳ではない(当然だ)。そ
れを心苦しく感じていたので去る10月26日、江東区深川にある「芭蕉記念館」
を訪れ、芭蕉(の像)と会い、承認を直訴してきた。芭蕉は「かまわぬ」と
言ってくれた(と思う)。
※記念館入り口に芭蕉の木。これが芭蕉の命名のきっかけとは…
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※隅田川を見つめる芭蕉。お名前拝借に「OK!」と。
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※古池に飛び込んだ蛙の石像。
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その際に、記念館では芭蕉の「奥の細道」旅について学び、また、「俳画」な
どという風流な芸にも心奪われた。「画」は難しいだろうが「写真」でなら…
という気分もゲットした。そして何より、奥の細道をチャリるのも面白そう
だと感じた。次のチャリ旅はそれになるやも…。
さてその日、時は昼時に差し掛かり、ふと見ると交差点に「芭蕉そば」の緑
色ののぼりが見えるではないか!店構えが駅そばのそれに似ているところも
気に入り、勢いよく暖簾をくぐってみた。壁に張り出されたメニューを見れ
ば1番目が「芭蕉そば」、2番めが「奥の細道うどん」である。その他もいろ
いろあるが、ここは「芭蕉そば」だろう。「芭蕉そばを!」と女将さんに告
げると「芭蕉そば、ひとつ!」「あいよー」と威勢のよいこと!3分後、目
の前に芭蕉そばがでてきたところで「ところで、芭蕉そばには言われがある
のですか?」と問うと「特になんだけどさ~。具に玉子焼やかき揚げなどが
入っていることが特長さね。当時、玉子焼は贅沢品だったそうなので工夫し
て自作してみた」との回答。しかしそのそばは、ちょっと甘めのつゆとよく
マッチし、するするとした喉越しで美味かった。そう告げると「実は奈良産
のそば粉を使っている。私が地方めぐりをしていた時に発見したもので、東
京ではうちともう一軒だけが使ってる」とのこと。確かに美味しかったと断
言する。
※まるで立ち食いのようなそばやさん、
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※芭蕉そば。
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という出遭いから数週間が経った。あの味が忘れがたく、いや、それよりも
「奥の細道うどん」を征服したく、今日(11月9日)、チャリを駆って緑色
のぼりを目指したのだ。
9:30、出発。風もなく晴天で絶好のチャリ日和。荒川自転車道を下り、東京
湾河口寸前の船堀橋を渡って都心方向へ走れば「芭蕉記念館」に至る…と目
星をつけてひた走る。ウイークデーのせいか路上のチャリダーも野球少年や
サッカーキッズも少なく走りやすい。船堀橋を右折し、荒川を渡るとその橋
は高架のまましばらく走る。ここをチャリって良いのか?迷ったが、人々が
進むので私もそれに従うと、ほどなく地上へ降りてひと安心。こんな道路も
あるのだ…とちょっぴり感動。
※アングル次第で荒川だって大河の趣。
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いくつかの角を間違えたが、11:30過ぎに芭蕉そば到着。ピーク前だったの
で客は2人だけ。女将さんに「覚えてますか?また、食べに来ました。今日
はうどんをお願いします」と伝えると、女将さんも思い出してくれ。この蕎
麦やが記事になっている雑誌(「本の雑誌」という雑誌)の最新号を見せて
くれた。なんと、その雑誌に平松洋子さんがこの店について書いているので
ある。しかも3回の連載で、1月号まで続くらしい。私は2回分を読ませて
もらったが、さすが平松洋子さん、この蕎麦やさんで合計12ページを構成す
るのである!流石である!
※奥の細道うどん。そばとの違い、分かりますか?
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※チャリで行ったのだよ!
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さて今回の「奥の細道うどん」であるが、載っている素材が同じなので見た
目は「芭蕉そば」と同じである。麺は黒いつゆに沈み、見分けはつかない。
そして肝心のうどんは、コシはなく、どちらかと言えば柔らかく、しかし喉
に優しく、胃袋にそろっと落ちていく感じである。「えーい、コシだのうる
せいこと言うな!うまけりゃ文句ねえだろ!」と基本に帰らされた気分!チ
ャリなので「腹が減っては…」と大きなおにぎりも所望し、くちくなった腹
でまたチャリの人へ。帰路は道に迷うこともなく、こころなし南風(追い風)
かなと思える心地よい荒川右岸の自転車専用道路を走って帰宅した。
走行距離 61.55キロ。ただ、昼飯に「うどん」を食べるためだけに60キロ!
これを至上のぜいたくと言わずして何という?

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