3月23日 帰国  zu Hause

楽しかったチャリ旅は終わった。6:40発のSCOOT便で帰国する。
早朝で市内から公共交通機関はまだ動いていないので、空港第二タ
ーミナル内のホステルを予約した。SCOOT便が出るのは第一タ
ーミナルなので、その間を、SKYTRAINという車両で移動をしなけ
ればならないのだが、その乗降はかなり面倒。エレベータで上がっ
たり下がったりしなければならない。
その「迷路」を無事通過し、カウンターへ行けば長蛇の列。帰国便
も満席。やはり、人々は動き始めているということなのだろう。L
CCだからということもあるだろうが、若い人が目立つ。これらの
アジア人は東京で何を目指すのだろうか?
荷物検査と出国審査を済ませ、搭乗。ボーイング787は揺れるこ
ともなく成田へ快適飛行。予定通り10:00(日本時間)着陸。荷物を
受け取り、免税レーンから到着カウンターへ。「YOUは何しに?」
の取材陣を探したがいなかった。あとで知ったが、この後ま間もな
く「侍ジャパン」が帰国したらしいが、違うターミナルだったのか、
高揚した雰囲気は全くなかった。
預けたマイカーに乗り帰宅の途へ。しかし、ちょうど昼前。蕎麦で
も食べようかと酒々井PAに寄ったが、蕎麦なし、寿司なし…で結
局、田所商店の北海道味噌らーめんに落ち着いた。日本のソウルフ
ードはラーメンと化しているのかも?
午後2時過ぎに帰宅。まず、ゆったりと風呂につかり、旅の汗と疲
れを落とした。3年振りの海外旅行。恐る恐るのスタートだったが、
徐々にペースも思い出し、十分に楽しむことができ、コロナ後の新
しい日々をスタートさせられたと思っている。親切にしてくれた現
地の皆さま、ありがとうございました。


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3月22日 列車で台北へ  nach Taipei mit Zug

花蓮から台北へのルートは危険だから列車を利用したほうが良いと
現地のガイドブックにも書いてある。厳しいは分かるが危険とはど
ういうことなのか?興味はあるが、やはり走る気分にはならない。
で、列車利用と決め、いったい周囲はどのような「危険な」状況な
のかを観察するべく、列車に乗り込んでから窓の外を注視していた
のだが、発車すると間もなくトンネルに入ってしまうなどして状況
確認に至らなかったのが正直な話。線路が浜に近づき、遠く太平洋
が見渡せる区間は列車がスピードを落としてくれたが、この間はチ
ャリが走るべき道路は見えず。と言うことで「危険」性の確認はで
きなかった。
※こんな山々が迫る。
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※海辺が開けた区間では徐行運転をしてくれた。
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しかし、進行左側は切り立った山々、右は太平洋という特殊な環境
にあるエリアということはよく分かった。山も非常に急峻で、とて
も登山を考えるような山ではない。生活空間の確保は大変なことだ
ろうと思う。
台北までは2時間20分だ。今回はその間、スマホでのWBC文字情
報確認で過ごした。画像はないので迫力には乏しいが、緊迫感は十
分に伝わってくる。8,9回に実現したダルビッシュと大谷という
豪華継投にはしびれた。大谷四球にはヒヤッとしたが、最後は同じ
チームのアメリカを代表するバッター(トラウト)を三振に仕留め、
さすがの千両役者だった。
11時半ころに台北に到着し、そのまま自転車を返却しに行く。預け
ておいたザックを受け取り、荷物を入れ替え、地下鉄で空港第二タ
ーミナルへ移動、実は明日の出発が6:40と早く、市内からだとタク
シーしか移動手段がないので空港ターミナル内のホステルを予約し
たのだ。土産もここで調達。シャワーを浴び、帰国準備。明日は午
前4時には起床だから、今夜は早くに休もう。
※夕食は富山らーめんとビールで!
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成田を発って、あっという間の12日間だった。3年ぶりの海外旅行
は新鮮だった。こんな日々が早くに普通になるよう切に願いたい。

3月21日 チャリ最終日、花蓮まで。 nach Haulien

今日は瑞穂から花蓮までの約75キロを走り、明日は花蓮から列車で
台北に戻る。つまりチャリ最終日。しかし、出発の足を引っ張るも
のがある。WBCの中継だ。大谷ファンでもあるし。やはり日本に
勝ってほしいからつい見てしまう。が、大谷三振のところで心を鬼
にして切り上げた(意味が違うか?)
※川口にいれば見入っていただろうな!
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まず向かったのは農協のような施設。ここで両替をしたいと思った
のだが「ここでは無理。隣の郵便局で」と教えられた。が、ここの
女性事務員らはとても陽気で、迷い込んだヒツジはいいカモ!あれ
これと話しかけられ、ついには日本人を母に持つという女性が出て
きて親切に郵便局まで付き合ってくれた。母親は大阪出身とのこと
で、何度も日本には行っており、スマホに蓄えられたたくさんの写
真を見せてくれた。秋の京都がお気に入りのようだった。事務員が
手間取っていたが何とか両替を済ませ、9時、再出発。スマホでW
BCをチェックしつと、この時点でジャパンは3点差で負けていた。
さて、今日のコースは自転車店の店長が「絶対に」と勧めてくれた
のでそれに従ったコース。最大の難関は昨日通過したので今日は平
たん…と期待していたのだが、それはあっさり裏切られた。昨日ほ
どではないのだが、起伏に富み、何度か押歩いた。「とても美しい
コース」とのことだったが、確かに美しいと思う。田んぼの中を走
り、遠くには山々…しかし、これには既視感がある。そう日本の田
舎道に似ているのだ。台湾人と我々の日常の違い…そう理解するし
かない。しかし、興味をそそられたのはいくつか見かけた部族の象
徴のような道路わきのオブジェ。台湾にはたくさんの部族がいると
聞いているが、それらが自己主張をしているらしい。阿美族の学校
という標識もあった。ゆっくりと、また来てみたいと思った。
※たしかに美しい景色と思うが、既視感が…
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※民族の個性を打ち出したモニュメントがあちこちに。
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※次の2枚は横で申し訳ありません。
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※花蓮にも夜店があるらしいがホステルからは遠い。
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この途中で、日本の逆転サヨナラ勝利を知った。大谷の2塁打が相
手にプレッシャーを与えたのだと思う、さすが、翔平!
しかし、登りがあれば下りもある。予定より30分遅れて今日のホス
テルに着いた。若いオーナーは「今日はあなただけ。8人部屋の予
約だけど2人部屋に換えてあげましょう」と太っ腹。好意はありが
たくいただいた。
シャワーを済ませて花蓮駅へ行き、明日の列車のチケットを買い、
駅の状況を調べた。大きな駅で、たくさんの店も入っており、点心
という看板にひかれてそこで夕食を取った。牛肉の野菜炒め、シュ
ウマイとご飯にウーロン茶という組み合わせで354ドル(約1800円)
はちょっと高いか?でも美味しかった。
※花蓮駅の点心の店で夕食。
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なぜか酒類を出さない店が多いので、そこでもビールでの祝杯はで
きず、セブンでビールとナッツを求めて一人、無事にチャリ旅が終
わったことに乾杯している。今日は75.3km走り、合計走行距離は
691kmだった。コロナ後、アキレス腱断裂後の再開ツアーとしては
上々だ。足の不安もなく走り切れたことを喜ぼう。
明日は花蓮から台北まで列車で移動する。8:50発、台北到着は11:10
だ。自転車を返却し、空港内のホテルに移動する。LCCは早朝出
発が多いと聞くが、私の便も6:40出発なので、午前5時前には空港
に着いていなければならない。今日まで、健康に走り切れたことに
感謝してブログを終わる。
お読みいただいてありがとうございました。

3月20日 最大の難所を乗り切りました。  Die groessten Hindernisse ueberwunden

先日、列車で到着した台東から花蓮までの距離は約170キロ。
いつもならば2日間で走りきる距離なのですが、今回は3日で
走ることにしました。と言うのは、ふたつあるルートのどちら
にもすごい難所(急な登り)があり、それをクリアするのに時
間が必要と考えたからです。アキレス腱断裂後のパワー不足も
気になっていますし…、そして、選んだコースは海岸沿いでは
なく、途中から左折して山を越え、ふたつの山脈の間を走ると
いうもの。自転車を借りた際、「とても美しい!」と店主が強
く勧めてくれ、地図に赤線でマーキングしてくれたコース。そ
の難所は国道17号線から左折してすぐに始まりました。いきな
りの急登!斜度表示はないが12度(日本ではこれが最大斜度)
を越えているのは間違いない。我慢、我慢…と言いきかせてペ
ダルを踏むが踏み切れない。で、5分押しては1分休むの繰り
返し。1キロほど進んだところに休憩所があり、そこで発見した
高低図を見た時は、ここから引き返そうかと思った。しかし…
と思い直し、頂点まで最大7,8キロ。すべて押してもよいで
はないかと決心して押した。そして、押した。格闘1時間あま
り、二つ目の休憩点にたどり着くと、そこにGIANTのツア
ーサポートカーがいたので、ドライバーに「この登りはあとど
れくらい続きますか?」と尋ねると「ここが最高点!あとはず
っと下りだよ!」との返事。覚悟を決めていた私にとってはあ
っけなく難所との闘いは終えたのでした。
※雨模様の中のスタート。
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※少し走ると定食屋さんが。
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※卵焼き付きビーフンをいただく。40ドル。
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※17号線を左折する。いきなりの急坂!
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※この高低図には戦意も失せたが…
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小休止の後、再スタートすると確かに少しの登りがあり、その
先にはトンネル。前後のライトを点けて進入すると、少しの登
り。車も少なく、トンネル内の道路も広く、不安感無く通過。
すると待っていたのは待望のダウンヒル!ブレーキから手が放
せないほどの急坂をぐんぐん下り、アッと言う間に下界に到着
しました。
降り切ったところにあったのは「湯」と言う文字が大きく書か
れた安通温泉郷という施設。まさに日本ムードあふれる施設で
したが、まさか、日帰り温泉という訳には行かないし…。
※温泉もある。
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下っていくと7-11があったのでここでコーヒーブレイク。窓際
に座って飲んでいると1台の自転車が止まった。目があったの
で手を振ると彼も振りかえし、しばらくするとやってきた。予
想通り、日本人で、東京から来ている高砂さん。6日間で花蓮
までと、すさまじい速度で環島している58歳。昨日のスイス人
並みのパワーだ。彼をおいて先にセブンを出たが、やがて彼は
私を追い抜いて行った。昨日もこんな景色だったな~。
※彼も私をさっと追い抜いて行った。
DSC00898 - コピー

午後3時前、ホテル到着。まだ清掃が終わっていなく、少し待
たされたが(実は私が早くに到着しすぎた)、程なく入室。今
回の旅で最もラグジュアリーな部屋だった。だって、トリプル
ルームのシングル利用ですよ!
さて、明日は走りの最終日。約80キロを味わって走ろうと思う。
本日の走行距離58.5km

●その夜の出来事!!
ブログを書いて夕食に出た。駅前にいくつか店があり、どこに
しようか迷った末に、入り口の様子が気に入った店に入った。
が、店員も中国語で喋るばかり。どこで、メニューに客が記入
して注文するシステムと分かっているのだが、写真入りのメニ
ューもなく困っていると、入り口付近の丸テーブルで食事して
いた若いカップルが近づいてきて、助けてくれた。メニューを
選び、料金計算をした。私は台湾ドルが200しかないというと
「大丈夫、合計180ドルだから」と言う。ありがたかったし、
話もしたかったので「あなたたちのテーブルで一緒に食べてよ
いか?」と訊くと「OK」との返事。そして、お互いの片言英
語でおしゃべりと食事が始まった。やはり、この年齢でのチャ
リ環島に驚かれ、互いの仕事を語り合い、やがて彼らが言った。
「今年の9月に鈴鹿にF-1を観戦に行くかもしれない。その
時に東京に行ったら会ってくれるか?」答えはもちろん「OK」
だ。そして名刺を交換した。唐さん夫妻だった。で、早めに食
べ始めていた彼らは食事が終わり「先に出ます」と帰っていっ
たがその際、「あなたの支払いは済ませました。そのまま帰っ
て結構です」と!若い彼らにおごられてしまった。200ドルし
か持っていないと知ってのことだろうが、優しい気持ちに触れ
てますます彼らを歓迎したくなった。こんな縁を大切にしたい
と思う。
※唐さん夫妻。また会えるといいな!
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※食べたのは豚肉ご飯、玉子スープ、厚揚げ(油豆腐)と野菜
サラダ。これで180ドル(640円)。
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3月19日 東海岸北上中 nach Norden

高雄から台東へ列車移動し、今日は国道17号線を北上。これから
花蓮まではずっと17号線を走る予定だ。台湾には南北に二つの山
脈があり、道路は山脈を避けるように平地に設けられている。17
号線は東の山脈の右を、海岸に沿うように走っている。南北に向
かうに間違えようがない1本道だ。そして、住民はおそらく漁業
に従事しているのだろう。時々、船や干し網が見える。が、どう
見ても賑やかとは言い難い。熱帯に属するエリアなので「寒村」
という表現は似つかわしくないが、そんな雰囲気である。泊まっ
た民宿は、booking.comでは「Coca Coffee B&B」という洒落た
名前だったのだが、どう見ても漁民のアルバイト民宿だった。ま
っ広いし、Wi-Fiも使えるので良しとしよう。B&Bの二つ目のBは
朝食のはずだが、「ない」と言う。日本語はもちろん、英語も通
じないので追及はあきらめた。
※出発前にホステル前で。
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※宿主は猫が好きらしく、こんな置物がいっぱい。
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ところで今日の走りだが、ホステルを出るとトライアスロン大会
の会場に出くわし、道路にはサイクリストがあふれていた。自転
車もレーサーから日常車、ファットバイク…と多彩。市民大会も
同時開催されているのだろう。最後尾近くのライダーと一緒に走
ったが、いい気分転換になった。黄色のウインドブレーカを着た
女性としばらく並走した。「何歳か?」と訊かれたので「76歳だ
よ」と答えると「アメイジング!」と言ってくれた。言葉に恥じ
ないよう頑張って走ろう。しかし、あちこちで76歳は驚かれる。
個人差あるよね!
※トライアスロン大会が開催されていた。
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※途中、レースの参加者に交じって走った。
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※こんな景色を見ながら・・・
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※田んぼの先にヤシの木。やはり南国だ。
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あるコーナーを曲がろうとふと前方を見ると「台東八幡神社」の
のぼりが見えたので寄ってみた。行くと、境内にいた男性が手招
きする。ままよと自転車を持ったまま入ると日本語交じりでいろ
いろと話しかけてきた。由来はよく分からないが、日本の八幡神
社と同じ系統にあるらしい。男性には妹が二人いて、上の妹は日
本人と結婚しており、彼が宮司なのだと。3か月のビザが切れた
ので先日、帰国したという。こんな生活もあるのだな。
※台東八幡神社にて
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※愉快な兄弟が世話をしているらしい。
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たんたんと走り、撮影のために立ち止まっていると、隣に自転車
が滑り込み「こんにちは!」と言うではないか。なんと、昨晩、
2度目の遭遇を果たしたスイスからの若者21歳である。出発後2
日目に7-11前で会った。もうずっと先に行っていると思っていた
が、台湾の最南端まで行ったのだという。その簡に私が先行して
いたのだ。セブンでお茶しないか?と誘われてしばらく話した。
彼は家具デザイナーで父親は有名な彫金師だそうだ。3か月の休
暇をもらい(2か月は無給だそうだが)タイをベースにあてない
旅に出ているらしい。自転車は持参し、タイも走ったが怖かった
そうだ。彼には「ガリガリ君」をおごってあげた。
※リヴィオ君は21歳にしてこの貫禄。
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そして店の前で「また会えるかもね!」と別れた、まだ100キロ
ほど走る予定の彼はアッというまに見えなくなった。この元気だ
あれば目的地まで到着できるだろうと思った。
私はのんびりとスタートした。目的地は三仙台という8つの橋が
連なっている名所。日曜と言うのに空いていたのは橋が工事中で
渡れないためか?
※三仙台は空いていた。
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そして3時前、民宿に着いた。シャワーを浴び、持っている食料
で夕食は済ますことにした。明日も起伏ある道と向かい風となる
だろう。良く寝て、鋭気を養おう!
本日の走行距離54.6km

プロフィール

中尾 堯

Author:中尾 堯
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